チェンマイ成田思惟 終の棲家は何処になる yajapaのblog

父が脳梗塞で倒れた、ホームも無理、病院もすぐ退院させられた。2度目は糞尿だらけで倒れていた。ひどい親父だったが決心、「介護しよう」しかし自分にはできそうもない、どうすれば良いか?海外で人を雇って介護している人の話を聞いた。仕事の整理をしつつ海外介護のシュミレーション中、親父は死んでしまった。張りつめていた気が抜けた、それから10年、この7年はチェンマイ成田を行き来しながらの自分の終の棲家探し。ブログはご幼少を振り返りながら書いていきます。

記憶のかけら

遺産相続人です?手紙が司法書士から来たが 覚えがない、さてどうするパート4 最終編

自分の過去出生や親戚などを知りたいと思って調べ始めたyajapaに遺産相続の手紙が来た。

yajap組はお金はもらったが姉ちゃん画策で池田組との縁が切れそうなyajapa
はたまた池田組内部抗争が勃発して、従姉妹から姉ちゃんに電話が来る、yajapaにも電話が来る
 
みんな叔父さん信じてないんだな、幾らもらったか聞いてくる、隠す必要ないから、言うと 「エッ~そんなにアタシなんて幾らしかもらってない」 とブーブー、yajapaはほぼ付き合いないしどっちの味方ってわけじゃないが明らかに叔父さんが怪しいことしてるんで、姉ちゃんに従姉妹達からSOSが来て対応の仕方わからなかったら、教えて上げるよと言っておく(yajapaは零細企業のオヤジをやってたんで修羅場を経験してる)

しばらくして、姉ちゃんに、従姉妹達も随分とすったもんだしたがyajapa組と同じ金額振り込まれたと連絡あり、相当ネコババする気十分だったがバレたら即路線変更するとこなんか、なかなかやるねー叔父さん

遺産相続人パート3はここ
これで一見落着なんだが、叔父さん達といいタイミングで付き合いが始められると思ったのに、全然だ、三男にいたっては、会いたくないなんて言い切られてしまったし、次男の今回の遺産騒動を仕切った叔父さんは、バツが悪くてとてもじゃないが、会ってくれそうもないし、うーん、ほんとにyajapaにとって良いことが起きたのか、遺産を捨てればよかったのか、難しいな~

叔父さん達にしてみれば連絡もよこさない思ってもみなかった相続人なんだろうな、どうにでも誤魔化せると思っていたのが、できないし、次に騙そうと思った従姉妹も駄目だし、yajapaのこと腹立ててるかもしれない、しょうがないか、縁がなかった、そう思うしかない、また何年かして連絡することにしよう、時の立つのは早い

妹と姉ちゃんに連絡をとって、叔母ちゃんのお墓参りに行こうということに

 八王子で待ち合わせ
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ふーん信者だったんか孤独だったんだな~ そうするとスルリと入り込んでくる、寂しいからね
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伯母ちゃんの旦那さんには会った事がない。厳密に言うと会ったかもしれない、4,5歳の時に叔母ちゃんが会いに来てくれた時に一緒に来たおじさんがご主人かもしれない。きっと子供がいなかったので養子候補だったのだろう。

今でも時々思うyajapa家に押し付けられないで母に育てられたら、遺産を残してくれた叔母ちゃんの養子になってたら、ほんとどんな人生を送ったのだろうか? 母に育てられたら、叔父さんの会社で土建屋の親父、叔母ちゃんに貰われたら中華料理屋の親父かな、今みたいにデジタルオタクにはなっていなかったか。

姉ちゃんは叔母ちゃんの家に行ったことがあるそうだが、小うるさくて好きじゃなかったそうだ、yajapaにも合わせてくれてもよかったろうに、どうやって叔母ちゃんの家に行ったのか?叔母ちゃんがyajapaに会いに来たように姉ちゃんにも会いに来たんだろうか?

初めて妹、春と会う美人だ、それに比べて姉ちゃんが婆だな~そりゃ歳20違うからか
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そして食事して帰る

それからは会っていない、たまーにメール、やはり全く別の人生を送って接点がないのか、妹春は母ちゃんと似ていた

さて叔母ちゃんの遺産どうしよう、最初に遺産の話を聞いた時には叔母ちゃんがお世話になった人にお礼をしようはたまた叔母ちゃんのご主人の親戚に配ってやろうとかカッコいいこと考えたが全~部面倒なんで尻切れやめた、分かる範囲で菓子折り送って終わり

お金って使うの大変だ、yajapaの師Yさんが言っていたが 「貯めるのが大変なんじゃない使うのが大変なんだ」 が年とともにわかってきたような気がする(yajapaはムチャクチャな金の使い方をした)

うちの親父は凄い、国際詐欺集団419詐欺事件にあって全部使っちゃたんだから(盗られたんだけど)、yajapaは物心ついた時から、遺産はないと思っていたから(実家は金持ちだったと思うよ)いいんだけど、パラサイトじゃないけど当てにしていた兄弟はショックだったろうな

金は全部使い道を決めて死にたい!残っちゃうだろうな〜

だらだら備忘録で遺産騒動を書いたが、この次はyajapaの仕事編、これが今振り返るとめちゃくちゃハチャメチャ、すごく沢山学ばしてもらったが、終わってるからこそそんな事言えるが、リアルタイムで動いてる時は、一体どうなってしまうんでしょうか状態、自信は冷静でも当事者人人は真青なんてざらにあった、ほんと何事にも冷静にならんととんでもない結果になっちゃうんだよ!
それでは次は仕事編どうなるyajapa
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遺産相続人です?手紙が司法書士から来たが 覚えがない、さてどうするパート3

自分の過去出生や親戚などを知りたいと思って調べ始めたyajapaに遺産相続の手紙が来た。

そこまでは良かった、叔父さん伯母さん妹と会えるその上お金まで、yajapaはなんてついてるラッキー爺なんて思ったのが大間違い欲欲欲金金金の為なら嘘八百も何のその、の世界に突入か?
古川家写真_0002
母ちゃんの告別式、yajapaは行けなかった、また伯母さんのイベントも

 池田の叔父さんから電話が来た、成城の駅で待ち合わせだ、姉ちゃんにもメールで連絡、妹、花にも初めて電話して話した、何をどう話せば良いかドキドキしながら話した、やはり女のほうが冷静か

yajapaは複雑な気持ちだ、妹の存在は知っていたが会ったこともない、たまに思い出してはどうやって連絡取ろうかどうしようかドキドキしていたからだろう、結局思うだけで何もできなかったが、知ったのは17歳の夏

妹花は随分と早く父ちゃんも亡くなったそうだ。あーどうして早く連絡しなかったんだろう悔やまれるyajapaなんかは酷いと言っても親兄弟がいたんだから花より随分と良かったか?このご幼少の苦労や厳しさというのは、本人がその時は気づかない場合が多いい

なぜなら他を知らないんだから比べようがないのだyajapaも相当ひどい目にあっているが、それがほんとに酷いと判って怒りを覚えたのは家を追い出されて何十年もたってからだ。よく虐待を受けた子供が親を庇うが、その気持ちは経験したものでないと理解できないと思う。何をされようが、どんな暴力を受けようが親にすがりつくしかないんだ。 まして突然出てきた他人にそんな事言えるわけないじゃないか!

未だに花にどういうご幼少を送ったか聞けないでいる。また今どう接すれば良いかわからん?

成城の駅に行くと姉ちゃんがボーッと待っていた、(このたった一人の姉ちゃんがまた問題児なのだが両親が揃っていない家庭で育った子供は相当の確率でおかしくなる片親、再婚、孤児)

姉ちゃんとは10年ぶりぐらいだろうか、随分と老けた、人のことは言えんが。 姉ちゃんのポリシー、お金はあるだけ使う、なくても使う(借金しても使う)また楽しいことは最初に行う、「後でどんな酷いことがあるとわかっていても、いいのよだって楽しかったんだからあとはその楽しかったことを思い浮かべながら我慢.」 それって犯罪してもOKか? それでもyajapaには何があっても一人きりの姉ちゃんだからなー

遺産相続パート2はここ
叔父さん達登場、達と言ったのは叔父さん2名と長男の長女、計3名で来た、それがyajapa側はもう懐かしさで
スリスリモードだが池田組は顔が強張っている? なんで何緊張してるのか? 姉ちゃんなどは、三男に腕くんで昔話など初めてもうニコニコよっぽど仲よかったのか?なんて思ってると三男から気持ち悪いとクレーム

そりゃそうだ自分では気持ちタイムスリップして6歳の自分かも知れないが,65歳のシワシワ婆に擦り寄られたら気持ち悪いって、それでも姉ちゃんめげづに100%笑顔

午後1時半だったので食事は? 「新幹線弁当食った」 じゃーお茶でも飲む? 「いや銀行にこのまま行く」
ふーんやっぱり気になるもんがあると気が気じゃないか、ということで銀行へ
(一応成城の美味い、和食の店押さえておいたがまっいいか、腹へってないんじゃな)

銀行に行くと司法書士も来ていて挨拶、それにしてもフレンドリーさが全然ない、三男など強張ったままだしどうしてもへんな感じがする、それでも次男がyajapaのこと覚えて無いというが三男はyajapaのことY坊と言っているぐらいだからご幼少の頃を覚えているのだろう

なのになぜ昔話が出てこないんだろう?不思議だ どうも歓迎されてない 普通は懐かしいだろうが?

銀行で委任状を提出貸し金庫を開けてもらう、皆の顔が一段と緊張
全て出す、現金が1000万位、その他に期待した通帳や、債券、保険書などが無いと残念そうだ、次男が司法書士に通帳が無いと口座確認できないか聞いている、そりゃ婆で郵便貯金無いのがおかしいよね。たぬきの皮算用で家を売った金がもっとあるはずだと思っているみたいだ

金庫の物全て出し次男がお持ち帰り。 駅までの帰り道にまたyajapaがお茶を誘うとこのまま伯母さんの遺骨を預かって貰っているお寺に行く、45日を多分そのお寺でやるのでその時に親戚一同全員来るのでその時に話そうと言う、yajapaも3度も誘ったので今日の話を断念 

ただ叔父さん伯母ちゃんの荷物整理は2日で全部捨てちゃうし、45日をやるって言うけどとっくに45日過ぎてるし、ウ~ンだな yajapは感傷的で叔父さんクール

お寺に行くならyajapaも一緒に行ってあげようかと言うといや今日は3人でと訳わからない断り、駅でタクシーを拾って3人はお寺に、yajapは姉ちゃんに昼飯誘われたが断って帰宅

帰って妹春に報告メール

しばらくして叔父さんに訪問日を確認いつ行っていいか聞くが結局いつでもいいという返事この頃まで随分と対応がやるせないとは思っていたが関西旅行帰ってから謎が解ける、姉ちゃん酷いことしてくれたよね

さてyajapaの親戚で唯一付き合いあるのが亀ちゃん、亀ちゃんの姉ちゃんの方が社交的でyajapaが16歳の夏休み家に遊びに行った時に面倒を見てもらった。この時に亀ちゃんのお父さんの実家岡山に連れて行ってもらった、田舎や婆ちゃんなど経験したことのなかったyajapaは本当にいい経験をさせてもらったと思っている。今でも登った山、満点の星を覚えている、あの夏の経験は一生忘れない、叔母ちゃんありがとう。


母子家庭だったけれども家族ってこんなにいいものなんだと初めて判って感激した記憶がある、yajapano家は両親いるのになんでこんなに酷いんだろうと思った、翌年姉ちゃんから継母の件を聞いて、だからおかしかったのかと納得したのだが

なぜ亀ちゃんの姉ちゃんでなく亀ちゃんかというと、姉ちゃんネットやってないんだよね、yajapa電話好きじゃ無いのでどうしても連絡するのはメール、そうすると亀ちゃんとなるわけだ。 いま亀ちゃんの良さがジワーっと伝わってきたかな、そんな亀ちゃんの家にお泊り、叔母ちゃんとも会えるかな、電話では何回か話してるんで是非会いたいし、関西の友達とも会うので関西一週間の予定を組む

その日は雨だった、6月の雨というが、梅雨なんだ、駅に紫陽花が綺麗に咲いている、紫陽花は嫌いだ、匂いが嫌いだ、花も嫌いだ、なぜ嫌いなんだろう?そう言えば嫌いな花が多いいかも yajapaの家で花が飾ってあった事がない

前回叔父さんたちにあった時は全く昔の話を聞けなかったし、母ちゃんの話も親父の話も聞きたい、どんな話を聞かせてくれるかまた17歳の時にいった実家はどうなっているか楽しみだ。

車で来るというので池田の駅の駐車場で待っていると今回仕切っている次男の叔父さんが迎えに来た。随分とでかい車だ えっ?一人だよ 昼過ぎだったので飯にしようと連れて行ってくれたのが、クルクル寿司 

そこで実家がどうなっているか?母ちゃんはどんな人、うちの親父は?矢継ぎ早に質問、その回答はしてくれたが、まずお墓参りに行こうと、yajapaお墓参りなど行ったことなかったので新鮮だったが (お墓参りよりも生きてる人間が100倍大事) 実家に行きたいというと今日は病院に行っているという、なんなくあしらわれてはいさよなら。 えっーっと思ったが???のままそれではと気を取り直して三男に電話、

今池田市にいる旨を話、会いたいというと、「なんで?」母ちゃんの話を聞きたいというと、覚えてないという どうしても会いたいというと 「何言ってるん、会いたかったら、伯母ちゃんの45日来ればよかったのになんで来ないで今そんなこと俺にい言う?」 えっー45日ってもう終わったの? 「何言ってるんとっくに終わったよ、みんな口には出さないけど評判悪いよ、y坊」 あれだけ叔父さんに念を押してお願いしたのに、またお願いした時には日にちも場所も全部決まってたんだ、電話で叔父さんに何言っても、もうyajapaの評価が決まってるんでダメ、会いませんで終わり、がくっ!

がっくりしながら宿に帰り、久しぶりの友達とディナー、コップ一杯のビールで酔っぱらい、今日の仕事は辛かったー
 
次の日楽しみしていた亀ちゃん家にお泊りさせて貰って何からなにまでお世話になりっ放し、叔母ちゃん会えず

池田組の面会以外は楽しかった関西、亀ちゃん旦那に色々調べてもらってお爺ちゃんの戦前の家も分かったし
(元町のど真ん中)親父の話だと家の端から端まで大声で叫んでも聞こえなかったそうだから、どんだけ豪邸? 
薬屋だそうだから相当儲かってたのか、それでも爺ちゃん薬屋が嫌で当時ハイからだった写真屋を初めて大当たりしたんだが散財と戦争で一文無しだってさ、よくあるパターン

楽しかった関西旅行も終わり帰宅

今回の旅でわかったことを姉ちゃんに報告話してると姉ちゃんがペロッと言った。

「叔父さんには言っといたから」 何を? 「あたしは馬鹿だけどyajapaは会社経営もしているし弁護士だって、893だって使えるから叔父さんちゃんとしないと大変なことになるわよって」 えー姉ちゃんなんてこと言ったんだよ、それで最初から警戒してピリピリして、叔父さん、他の親戚に一切合わせなかったんだよ。

俺なんかそんな事言ってるの全然知らないから、のー天気に大阪行って、だれも会ってくれないからがっくりして帰って来たんよ、もうなんて事してくれたんよ
 
「そんな事言ったって、叔父さん達、母ちゃんが死んでお葬式の時にお母ちゃんの遺産の取り合いしてたんよ。
「何、母ちゃんの遺産なら、姉ちゃん何貰ったんだ?」 「何も」 だって母ちゃんの遺産なら姉ちゃんのもんだろ? 

棺の前で喧嘩してるからもうびっくりしちゃって、誰も止めないし、形見も貰わなかったのか? 
そうよ だからそのくらい言っておかないと土建屋の社長だもん聞きゃしないって あーあーこれで謎はとけたけど ほんと相談してから言ってくれよ

今更勘違いしてます誤解ですなんて言っても通じないし、45日呼ばれない理由決定だな

しばらくして遺産明細の報告が姉ちゃんの所に、窓口はyajapaと言ってあるんだが姉ちゃんに電話口頭で、大きくはずれてないが相当苦労してごまかしているのが見え見え、そのくらいの金額はどうでもいいや、それよりも池田組のおじさん達ともう会えないのかな、それが辛い、記憶にずーっと残ってるわけだからあのいちご畑で遊んでもらった映像が、今でも綺麗に脳メモリーに残っているんだカラーだよ

もうめんどくさくなって来ているのでどうでもいい金額だ、土建屋の社長は上手いねー文句を言ってこないギリギリついてくる、こうやってせこく世の中回ってきたんだなっという数字、姉ちゃんに多分このくらいごまかしてるけどいいじゃないの連絡、妹春に俺がメールしてOK貰えたらいいじゃんと 春にメール

翌日春から返事、そう言えば春仕事しているみたいだが何してるん?兄ちゃんは何も知らん

姉ちゃんにOKを 振り込みさきをyajapaにしたいという。なんで? 叔父さんごまかすでしょ、あんただったらアレだけ言ったからごまかせないでしょ。 それいいけど又春にメールで確認しなきゃな

春OK 無事約束金額入金確認、ところが展開は思ってもいない方向に、yajapグループには一応約束の金額が振り込まれたがなんと、yajapa組が手強いと諦めたら、池田組内部抗争が始まってしまったのだ。

その池田組内部抗争の零細側は盛んにyajapaにSOSを送ってくるし、明細も聞いてないしもらった金額も少なすぎると さてyajapaはどうすればよいのか?

こういう話はどちらに味方しても後で両方からクレーム付く可能性があるし、どうしましょ、困った

いつになっても金金金、トラブルって金金金と肉欲

さて次回パート4 yajap組のお金はもらったが姉ちゃん画策で池田組との縁が切れそうなyajapa
はたまた池田組内部抗争に加わるべきか?

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遺産相続人です?手紙が司法書士から来たが 覚えがない、さてどうする パート2

自分の過去出生や親戚などを知りたいと思って調べ始めたyajapaに遺産相続の手紙が来た。

今の時点の相続金額を確認(他に貸し金庫がある)すると、えーこんなに沢山とびっくりするほどの金額だ、これには参った、こんなに沢山のお金を残して死んだ叔母ちゃんを思うと辛い。

叔母ちゃん一人で子供もおらず朽ちた婆さんが残したお金だ。

亡くなった住所から住まいは公営団地だった、夫婦二人で中華料理店を営業していて夫が亡くなって自宅を売却、世田谷だから購入したときとは桁違いの値段で売れたのだろう。

叔母ちゃんお金使わずに残してどうすんのよって、でも考えてみると日本いや世界中かも知れない、最後までお金を使えない世界なんだよね

死ぬまでお金残さなきゃいけない世の中、必ず残る、自分が働いてためたお金なんだからもっと使いたかっただろうにね、残す子供や付き合っている親戚もいなかった? 孤独死だからね

なんかいい方法はないのか? (有る! だが日本には無い、ものすごく良い保険それはトンチン保険今度書くよ)保険会社やってくれないか?無理だなー、損する奴がいっぱい出てくるからね。

そんな事を考えながら司法書士に電話していろいろ聞くが叔母ちゃんの詳しい話はわからない、どうも今の段階では遺産相続人調査までしか請け負っていないみたいだ。

どうせ来月には関西に行って友達や従姉妹と会おうとと思っていたので遺産相続の取りまとめをしている叔父さんに電話すると、なんか非常に変、(yajapaは虐げられた、ご幼少を送ったので) 結構敏感なのだ。

小母さんが電話に出て、取り次いだ時のやり取りがまずyajapaと呼びつけたりその声が迷惑極まりないという声だった、非常に不快感を覚えながら電話を叔父さんに変わってもらったがさすが叔父さんは土建屋の社長をしていただけある、そんなこと一つも感じさせない(その時はさすがの自分も間違ったのかと思ったがとんでもない役者だった)

yajapaが大阪に行くこと、そして現状を話し是非会いたい旨を告げると、叔母ちゃんの貸し金庫が世田谷の銀行に有るので開けて中を調べる、その時に会おうかという、yajapaは願ってもないので別に貸し金庫は行かなくてもいいがお会いしたい、日にちが決まったら連絡頂戴と貸し金庫調査の後でも前でもいいよとお願いする

叔父さんと会ったのは母が亡くなるちょっと前、今からほぼ半世紀前のことだと、話したが覚えていないようだった。

yajapaはしっかり覚えている、土建屋の社長をしていて随分景気の良い話をしていて、 「学校卒業したら俺の会社に来い」 と誘ってくれたじゃないかと言っても???だ さっぱり覚えてないんだなー

そう言えば継母だと判ったのはいつだったかなー?

あれは姉ちゃんが家出して男と暮らし始めてから随分と経った頃だった

yajapaは自宅にいても一人浮いていて、しょっちゅう 姉ちゃんのアパートに遊びにっている時だった、確か17歳の夏、姉ちゃんから、

「実は今母ちゃんが死にそうなのよ、あんた会いたでしょ?」と聞いてきた、 何だそれは?っと思った。

すっかり継母だということを封印していたyajapaは一瞬、「嘘だー何言ってんだ姉ちゃん」 

えっ?あんた覚えてないの、「うん、全然何言われてるかわからん」 姉ちゃんがyajapaと自分の環境を 説明、捨てられた

「えーそんな事全く忘れてたよ、なんで教えてくれなかったんだ?」 あんた知ってると思ってた。 

「今まで話題にもな~にもならなかったし、それらしいこと一言でも言ってくれなかったよ、2歳の頃だろ覚えてるわけ無いじゃんか」 

「俺なんかおかげで随分苦しんだよ、なぜいじめれれるのか?なぜ自分だけ待遇が違うのか?なぜ自分だけ??? 」

いつも、何が悲しのかもわからないし、なんとも言えない、いらいらつらさと、夢に見る昔のことで、誰にも言えないし、言う人もいないし、相談さえできないんだからな、やり場のない怒りで変になりそうだったよ

そう、あんたそんな環境だったの、継母は私には、あんたは可愛くないけど、yajapaの事は可愛いいって言っていたから、てっきり可愛がられてるとばっかし思っていたわ
 
そんな事有るわけないじゃないか、自分の子供がいるのにまして、俺長男だから、ほっといたら家とられると思ったんじゃないか、まさに邪魔者扱いさ

キツかったのは、継母本人はyajapaの面倒しっかり見たと思ってるてんだよ。 何言ったて平行線ってやつだ、yajapaがどういう気持でどれだけ辛かったかわからんと思う、それでも酷いなー

「何があったの?」  
何があったのって姉ちゃん一緒にいてわからんかった?  例えばyajapa耳掃除一回もしたこと無いし、 小学校に入学した時は最初は時間割の準備してくれたけど、すぐにしなくなって、6歳の子供が学校時間割準備なんてできないよね

「学校の時間割どうしたのよ?」 
自分でもわからないけど、鞄家で開けたことなかったから全部鞄に入れっぱなしだったんじゃないかと思う。 継母と親父とその子供達は一緒の部屋でyajapaの部屋は姉ちゃんと二人でほとんど隔離されてたじゃないか。
 
何もしてくれないだけじゃないよ、小さい時継母が怖くて怖くて、毎日ビクビクしてたよ、ヒステリックにキーキー言われて震えてた、とにかく何にも逆らえないし、殴られたりしたわけじゃないから、何だかわからないし、全く逃場がなかったから、とにかく逆らわない、ゴマすりばっかりしてたよ、いつヒステリー起こすかわからないからね

「へーあんた苦労したのね。」 
よく言うよ、少しは姉ちゃんが面倒見てくれたら、もうちょい違った人生歩めたかもなー なんてったって覚えてるのは、座間で知り合いが誰もいない時、姉ちゃんについて行って、煩いと思ったんだろうな、ここで待ってなさいって行って、帰ってこなかったっリ、結構姉ちゃんも自分勝手でほとんど俺の面倒見なかったよどころか、いじめてたじゃんか 、いっつも俺一人でいた事覚えてるよ

そんなこと言ったって、自分の事だけで精一杯だったのよ 「ふーん 俺なんかまだ2歳で何が起きてるかさっぱりわからんのに急にいじめられたり、アレだけ可愛がってくれた人が誰もいなくなっちゃって、ほんと気が狂いそうだったよ。

そんなこんなを話しながら大阪の池田に母ちゃん見舞いに行った。

驚いた、何回も何回も夢に見た家が目の前に出てきた、これだ、これなんだこの家をずーっと思い浮かべて,何だかさっぱりわからなくて、夢に見ては不思議な気持ちになって涙出たり、苦しくて辛かったんだ、何の夢見てるかさっぱりわからなかったから

その夢は毎回同じで沢山のお兄ちゃんと、いちご畑をyajapaが走り回って、兄ちゃん達と追いかけっこをしたり、女の人におんぶされながら畑仕事をしているシーン、側には川が流れ、その川をじーっと見ている

そのシーンと違ったのがいちご畑がない、どうしたんだろう?

家に入ると婆ちゃんが出てきた、yajapaの顔を見た途端に涙ポロポロで終いに声だして泣き出した、姉ちゃんに聞くと心配で心配でしょうがなかったそうだ、ほとんど婆ちゃんに育てられたみたいだからな。
婆ちゃんと寧ちゃん
婆ちゃんと姉ちゃん まだyajapaは生まれて無いんじゃないか、4歳違い

覚えている、夢に出てきた女の人婆ちゃんだったんだ,yajapaはこの家で婆ちゃんに育てられたそうだ、婆ちゃんの涙を見ているうちに涙がでてきた。

しかし2歳の時の記憶を忘れずによく覚えていたもんだ、家の中も庭も、いちご畑だけは違ったが全て覚えていた。懐かしい、帰って来たそんな気がする。いちご畑も昔はあったそうだ 。

池田の家は昔から続く庄屋で相当な財産もあったそうだが、爺さんが博打好きで、すっからかんだとさ、yajapaの親父もここで隠れ住んで母ちゃんと結婚して、随分とこの一家の面倒をみたそうだが、駆け落ちしてからは子沢山の婆ちゃんは苦労したみたいだ。 そう爺ちゃんはやりたい放題やって早死にしたんだ。

それでも婆ちゃんは子ども好きで一番小さかったyajapaをほんと可愛がって育てたそうだ。このままこの家で育ったらどんな人生だったんだろう? 少なくとも愛されたんだろうな? 今頃土建屋の親父か?

母ちゃんを見舞う、部屋に入ると広い部屋に母ちゃんが寝ていた。がん末期で骨折もしているそうだ、ガリガリに痩せている。

この家を見た時と婆ちゃんを見た時との感動がない、複雑な気持ちだ、それはyajapaを捨てたと聞いたことと、再婚して2歳の子供がいることを聞いたからだ。

又不幸な子供が増えた、まして今回は妹でまだ2歳だ、yajapaが捨てられた時と同じ歳、母ちゃんがいなくてどんな辛い人生を歩むんどろう、ちょっと母ちゃんを酷いなーっと思ってしまったからだろう

楽しかったのは叔父さん達と一緒に日本海に泳ぎに行った事だ。

生まれて始めてアクアランングをした、叔父さん達の目的は遊びもさることながら密漁だ、アクアラングをしてサザエやアワビを一網打尽、派手な泥棒するなーっと思っていたが、すぐに漁船が来て盗った成果を持って海から上がれず、全て海の中においてきて、ぶーぶー文句を言っていた。

流石大阪の土建屋はやることが違うなーyajapaの周りには悪いこと平然とするような人間はおらずカルチャーショック受けたのを覚えている、泥棒と思ってないのがすごかったね

随分楽しい経験もした、親戚が集まって何かしたり遊びに行ったり初めての経験をした母ちゃん見舞いが終わった。叔父さんに誘われたのが嬉しかった、本当に土建屋になろうかと思った。

帰ってすぐに母ちゃんは亡くなったそうだ、葬式も告別式も行けなかった知らなかったんだ。

葬式が終わって随分立ってから姉ちゃんのアパートに行って知らされた。

もうなんにも感じなかった、池田の母ちゃん筋の親戚一同とはそれっきり連絡も取り合って無いしそこで完全に切れた。ほぼ半世紀だ、婆ちゃんには会いたかったよ、夢にまでてくるひとだから

叔父さんに電話してから一週間ほどしてから司法書士から委任状に捺印の依頼書が来て捺印返送

これで銀行の貸し金庫が開けられる、ちょっと嫌なことを考えてしまった、叔父さん達が連絡をくれたのは、銀行の貸し金庫を開けるため仕方なく委任状が必要でyajapa達兄弟にコンタクトをとったのではないか?誠意で連絡なんてありえない?

yajapaは親父が死んでしまって感傷的になっているんで、人の本質を忘れてる? なんてことも考えながら叔父さんが東京に出てくる日待ち。

それから叔父さんから連絡が来て成城で合うことになって喜び勇んで出かけて行った。 さてyajapaを待っていたのは? 又貸し金庫の中は何が入っている?

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遺産相続人です?手紙が司法書士から来たが 覚えがない、さてどうする

全然知らん人からあんたは遺産相続人よなんて連絡がきたらそりゃ普通は詐欺だよね、って考える、そんなうまい話が有るわけがないよ、ところがあったのよ、yajapaってついてる?

又オチもあって貰ったほうが良いか貰わなかったほうが良かったか今でも考えちゃんだが、うーんそれでも貰わなかったほうがyajapaとしてはよかったかなー 皆さんだったらどうする?

親父が亡くなって、自分の過去を知る人間が誰もいなくなったと思ったら怖くなった、普通の人は親兄弟親戚がいるので意識しなくても知っているのだろうがyajapaはほとんど知らない、自分が何モンわからんて恐い、人と繋がりがないのだ。

その理由は、ここ(捨てられた) 親父の方に引き取られたが、やはり邪魔者だったのだろう家庭の中では旨く言い表せないが隔離されていたようなきがする。そりゃ継母にしてみれば話が違うぞと、二人だけの生活のはずが3歳と7歳のコブ付きだったわけだから、

そんなんで両親とも過去や出生の話をyajapaにしてくれなかったのだ、又子供心に聞いてはいけないような気がして聞いたこともなかった。

親父が死んでしばらくボッーっとしてこれからの事なども考えたりしているうちに、yajapaの人生って思ったらご幼少や親戚一同の事ほとんど知らない、考えたら知らないって怖くなったのだ

そして多少付き合いのあるオヤジの兄弟に連絡取って(yajapaは両親ともに関西)聞きに行ったりしたが、よくわからん、そこで母方の方も調べようかなんて思っていた時の手紙だったんだが、まだ調べていなかったので亡くなった人の名前があったがわからん

よかったこの時に関西に行っていなければ父方の伯母さんが、続けざまくなってそれこそ後悔したと思う、会えて話が聞けた。びっくりしたのが成田に帰って電話をしたら一人暮らしで寂しかったのだろう一時間も話していた、それから何回か電話したがその度長電話になる、今思えばもっと電話すれば良かったな
 
最初、遺産の手紙は、今流行の爺婆向け新手のオレオレ詐欺かなと思ってほっといても、気になる、だって遺産相続よ、いい響だよね、全然知らない人なんて思うと、どっかでyajapaに惚れぬいてyajapaに遺産上げる気になったか、知らないうちに大金持ちを助けて遺産相続人になったか、妄想しちゃって確かに楽しめました。

遺産の件はそのままで、自分の過去探しを行うため又大阪に行くことにした、yajapaは兵庫県生まれなのだ、しかしほっぽっている相続の件どうも気なる、欲の皮が突っ張っているわけじゃないが、迷いつつ司法書士に電話したら、yajapaの母ちゃんの姉ちゃんの遺産だと, えーなんでyajapaがもらえるのだろう?

右が叔母ちゃん 左が母ちゃん そして赤ん坊は姉ちゃんかyajapa
母ちゃんとおばさんと姉

そ~言えばyajapaが母ちゃんから捨てられて継母に押し付けられてしばらくしてから、母ちゃんと一回、叔母ちゃんだけで2回ほど会いに来てくれた、その時は誰だかさっぱりわからなくて2回めに会いに来てくれた時にお金を貰って嬉しくてペロッと親父に話しをしてしまってそれから会いに来なくなった記憶が蘇った、後で聞いたら、子供がなかったので欲しかったみたいだなー もし叔母ちゃん貰われてたらどんな人生を歩んだろう?

何故叔母ちゃんの遺産をもらえるかをもう一度司法書士に聞くと、叔母ちゃんはご主人も先になくなっていて一人、そうすると兄弟相続になる、兄弟が生きてる場合は兄弟でOKなのだけど、兄弟が死んでいる場合は、その子供、すなわち母ちゃんの分が子供に(yajapa他2名)になるそうだ、へーそんなん全然知らなかったなー

yajapaは嬉しかった、遺産ではなく、これで多分母方の親戚一同とまたあったこともない妹とも会えると思ったのだ、ところが 思ってもいない展開に

くそー姉ちゃんがとんでもなことを、又前に聞いた母ちゃんが死んだ時の遺産相続のゴタゴタが蘇る(姉ちゃんに聞いた話) 涙が出てくる どうしてこうなっちゃうんだ? 

続きは、遺産相続パート2に

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全財産を盗られた 許せますか

yajapaは全財産を盗られたことがある。こんなひどいこと信じられん、消えていた記憶が甦った。

小学校の時だったと思う、今から50年以上前だからみんな貧しくそれでもお金持ちもいて自転車を持っている子もチラホラ出てきた時代だ、yajapaも友達の自転車をみて欲しくて欲しくてそれとなく継母に強請ってみても相手にもしてくれない、親父に頼んでも自転車は危ないからダメだとわけわからん、買ってくれるどころか乗る事自体を危ないからと禁止宣言
 
それでも欲しいものは欲しい、そこで貯金を始めた、何年ためたかな、4年くらいだと思う、もらったお金は全て貯金した。貯金箱でなく、何かの筒を利用して貯金箱代わりに使っていた。結構大きな段ボールの筒だったが小銭も入れていたのですぐに入らなくなった、そこで全て50円、と100円に両替してためるようにした。その時点で軽く2、3万円あったと思う
段ボール筒2
これに蓋つけて出来上がり

ある日友達の家に遊びに行った時に太ーい竹が家の端に積んであったので,聞いてみたら、捨てるそうだ、こりゃうれしいと「頂戴」と言うと、どうせ捨てるものと喜んでくれた。早速家に持ち帰り、ちょうどよい大きさに切ってお金投入口を加工して出来上がり。
竹貯金箱3
こんな感じ

そして半年くらいたった時、学校から帰ったら貯金箱がない、まず姉ちゃんに聞いても知らないという親に聞いても知らないと言うし、親父はその辺に置いておくから泥棒にとられたんじゃないか?なんて言われては探しようもないし、そりゃあきらめるしかなかったなー、自分じゃどうしようもできない辛さ、辛いなー3年も4年も、なーにも使わず貯めた全財産盗られたんだ、探すといったて自分のテリトリーなどほんの僅か、探しつくしてもない、もうこのショック 一番疑ったのは姉ちゃん、これも知らないといわれて、諦めるしかないよ、親に言っても探してもくれなかったなー
 
それでも諦めて記憶から消えた、嫌のことは忘れられるんだ、すっかり忘れてたのに(まったく想像もしていなかった事が)yajapaのご幼少(お母ちゃんとママ)

ところが親父がなくなる2年前、10年ほど前の正月に新年の挨拶に実家に帰ったときに、親父が 「そう言えばyajapaの貯金箱盗んだんだな」 とポツリと言ったんだ、記憶が甦ってきて、 「くそ―子供の全財産盗んでおいて死んでも言わないつもりだったのか」 と心の中では怒りまくったが、なーにも言えない恐怖の家庭だったので爺になっても何も言えず、うーんと黙ってしまった。そして継母が 「止めてよそんな話」の一言でこの話は終わり

それにしても親が子供の全財産盗むなんて夢にも思わなかった、当時から変に躾やマナーに煩かった親が泥棒だよ、当時家の財政状況は極端に悪かったとは思えないし、下の兄妹継母はピアノ習ってたり親父は外で飲んだくれてたし、今思ってもいたたまれなくなる、書いてる自分が恥ずかしい、そんな虐待をうけていたなんて

日本人で自分の子供の貯金全部盗んでしらばっくれるなんてできるかな? 本当に貧しくて食べる物もなければきちんと子供にわけ話すだろう?  そしてお金ができたら返金、なぜそうできなかったんだろう、なんでそんなことしたのか今となってはわからん。

最後にダメ押し その時に親父いわく
「yajapaは親として面倒もみれず、どうなっちゃうのか随分心配したがちゃんと育ってくれてうれしいよ」 だってさ

それでもyajapaは許しちゃったんだなー  厳しく育てられたから今のyajapaがいると思うしかないか!
しかしこのイライラはなんだ!
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お母ちゃんとママ

当時1955年頃パパママなんて呼ぶのはお金持ちのお坊ちゃん、私は汚ったないカッコをしてパパママと呼んでいた、お母ちゃんと呼べなかったのです。
IMGP1880母ちゃん伯母姉
お母ちゃん 姉ちゃん 伯母ちゃん (一応姉だと言っているがもしかしたらyajapaかもしれない)

なぜママ
夜、お父ちゃんが帰って来た,それから家族会議だ.不思議だが今でもはっきり覚えている、お父ちゃんが悪い女を私ら姉弟に紹介「今日から新しいお母ちゃんだから」 と、すると、私が 「お母ちゃんじゃないよ、お母ちゃんは池田にいるねん」お父ちゃんが困ったように、じゃーなんて呼ぼうか?それじゃママにしようかアメリカではそう呼んでるんだよ、するとお姉ちゃんが「じゃーお父ちゃんはパパだね、パパママかっこいいよ」その日から悪い女はママにお父ちゃんはパパになった。

相変わらずお母ちゃんは池田だ。そしてそれから14年間、お母ちゃんが私に会いに来ても(一度4,5歳の時に会いにきた)、伯母ちゃんが何回か会いに来ても、この夜のやり取りでママと呼ぶようになった記憶もあるのにもかかわらず、悪い女が継母だという記憶は封印されていた。yajapaの過去 捨てられた
 
17歳の時、姉から「お母ちゃんが癌で死にそう」と聞いて?????? 何言ってんだと思ったが記憶がよみがえってきた。自分が変だと思っていた事が沢山あったが理由が少しわかってきた。

今考えると不思議だ、こんな器用な事ができるんだ、嘘をついても本当に嘘じゃないと思って自分まで騙しちゃうんだから。
よく人を騙せても自分を騙す事はできないと言うが、騙せるんだよ。
 
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捨てられた

私たち親子3人、母ちゃんと姉と私は父ちゃんに捨てられた、父ちゃんは仕事場の若いアシスタントと駆け落ちした。そして私は母ちゃんにも捨てられた。
ある日、母ちゃんが言ったそうだ、「お父ちゃんは悪い女に騙されてもう帰ってこない、お母ちゃんは貧乏だから二人の子供を育てられないのよ、しょうがないからyajapaを父ちゃんに育ててもらうしかない」 次の日関西池田市から神奈川の座間まで私を引き渡しに行ったそうだ、座間の駅で、父ちゃんでなく悪い女が来て、母ちゃんと悪い女が少し話をして、yajapaに母ちゃんが 「あっち行きなさい」 というと、嫌だーとギャーギャー泣くので姉が宥めているうちに母ちゃんがいなくなった。 「しょうがないからアタシも悪い女についていったのよ、あんたが泣くからしょうがなく母ちゃんアタシを置いて行っちゃったんで、あんたと違ってアタシは母ちゃんに捨てられたんじゃないから」
私は父ちゃんに捨てられて、母ちゃんにも捨てられたらしい。17才の時姉から聞いた。
ご幼少のころ
左姉7歳 右私3歳  捨てられた後?
 
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